――可愛すぎるそんな声が聞こえて唇に何かが触れる。あ、……また、キスされた。セカンドキス……?バタンとドアが閉まる音。鍵がポストに落とされる音。朝が来て、紫藤さんが帰ってしまったんだ……。体をゆっくり起こしてテーブルを見ると、メモがある。『明日から二週間ほど海外ロケが入って、会いに来られないから。いい子にして待ってろよ』二週間も会えない。理解すると涙がポロッと落ちた。「寂しい……」そっとつぶやいてメモを胸に抱きしめた。「紫藤大樹さん……。会いたいよ」そのメモを捨てることがなんとなくできなくて、最近気に入っている作家の恋愛小説にそっと挟んだ。ページをめくって読んでみる。――心臓の位置がわかるほど、ドキンドキンと胸をうつ鼓動。わたくしは、あの男性に会うといつもそんな風になるのです。気がつかないふりをしておりましたが、もう、目を背けないことに致します。わたくしは、あなたを好きです。愛おしく思っているのです――まるで私の心と同じだ。私の心のことを書かれているようで恥ずかしくなった。紫藤さんのことが好きなんだ。私は彼に恋をしてしまったようだ。でも、この好きという気持ちをどうすればいいかわからない。彼は夢を追いかけている新人の芸能人だ。もしこれから先どんどん売れていけば恋愛を禁止されてしまうかもしれない。そんな人に私は好きですなんて言ってもいいのだろうか。せっかくはじめて人を好きになったのに……。私の胸の中には切なさがどんどんと膨らんでいた。
*「それは、間違いありません。恋ですね。美羽はその彼を好きになってしまったのです」講義を終えて近くのカフェでお茶をしている私と真里奈。真里奈に紫藤さんに会えなくて寂しいと伝えると、まるで学校の先生のように言った。「いいじゃん。素直に好きだって思えば?」「……でも、のめり込んでいきそうで怖いの。空いた時間があれば、彼のことばかり考えているんだもん」「それが恋っていうの。で、その人ってイケメン?」コクっとうなずく。「でも、カッコイイから好きになったんじゃないの。なんて言うか、魅力的なの。……いい人だし、とにかくすべて……好き。ちょっとマイペースなところはあるけど一言一言、彼の言葉に考えさせられるというか……彼の表情とか仕草とか頭の中に残るの」好きという言葉を口にするだけで顔が熱くなってしまう。恥ずかしくて顔を両手で抑えると、真里奈はケラケラと笑っている。「いいねぇ。初恋かー」これが、恋なのか。次会える時は、可愛い服を着て綺麗にメイクした状態で会いたいな。恋すると、よく見られたくなっちゃうんだってはじめて知った。「でもね。彼、好きな人ができたみたいなの」「えー。なにそれ。好きな人がいるのに美羽の家に来るの? それって、美羽のことが好きなんじゃなくて?」「えっ」ポワンっと音がして頭に花が咲いた気分だった。ま、まさか。「ありえないよっ」カラオケで見たあの綺麗な人に恋をしているはずだ。「美羽が恋する準備ができてないと思って待っているのかもよ。美羽から告白しちゃいなよ」軽い口調で言う真里奈を睨む。「好きっていう気持ちが心にあるだけでも余裕がないの。好きなんて言えないよ」「ま、ゆっくりでいいけど。イケメンなら誰かに取られちゃうよ」
今日で海外に行って二週間が過ぎた。ファミレスでバイトをしながら帰ってきたとメールが来ないかそわそわしていた。バイトを終えて家に戻ってシャワーを浴び終えた。熱い夜でキャミソールとショートパンツという格好で麦茶を飲んでいるその時、チャイムが鳴る。きっと紫藤さんだと思ってドアを開けると、会いたくてたまらなかった紫藤さんがいた。「美羽、ただいま」「……ど、どうして、来るって連絡くれないんですか?」私は自分のみすぼらしい姿が恥ずかしくて泣きそうになり、責めるような口調で言ってしまう。玄関の中に入ってきた紫藤さんは驚いた顔だ。来るってわかっていたら、可愛い服を着てメイクをして待っていたのに。「突然来ちゃ駄目なわけ?」「……だって、だってっ」「なんでイライラしてんの? 寂しかったか?」「……べ、べつに、寂しくなんか……ないです」オドオドしていると長い腕が伸びてきて抱きしめられる。包み込まれると切なくて愛しくて涙がボロボロ溢れた。「美羽、ただいま」「……っ」「お帰りなさいは?」「お、お帰りなさい……」「いい子。ちゃんと待ってたんだね。お土産いっぱいあるよ」優しく言われて私はすんなりと、中へ入れてしまった。「そういえば、この前のキスで息苦しいのは収まった?」首を横に振る。「そう。重症だね」何も言えずにソファーに腰をかける。なんだか、視線を向けられると体が反応する気がしてクッションを抱えた。「防衛? 何もしないって」買ってきてくれたプレゼントを差し出されて受け取る。「開けてみ」と言われて開けてみた。綺麗な景色が写っているポストカード。「綺麗」「綺麗だろ」優しく笑って隣に座ってきた紫藤さんは、私の肩に頭を乗せてきて甘えるような仕草をする。「疲れたよ。美羽……」吐息のような声と頭の重み。それまでもが愛しく思ってしまうのは、重症なのだろうか。「ゆっくり休んでください」「美羽の膝枕で?」「えっ?」イエスと言っていないのに、紫藤さんは私の膝に頭を乗せてくる。綺麗な顔を上から覗き込むと、ドキドキが激しくなるのだ。足の長い紫藤さんは、ソファーから足をはみ出した状態。窮屈そうだから布団に行くようにおすすめする。「お布団のほうが楽ですよ」「いいね。添い寝もいい」 セクシーな笑みを浮かべられてドキッとする。紫藤さんは、起き上
はじめて紫藤さんの家に足を踏み入れる日が来た。朝から緊張でたまらなかったけど、楽しみでもあった。男の人の家に足を踏み入れるということはある程度は覚悟を決めてお邪魔することにした。2LDKで綺麗に片付けられている。一人で暮らすには広い。「広いですね」「ああ。財産は両親と兄が残してくれたからね。一緒に住もうか?」「ま、まさか」「冗談だって。適当に座って」「……はい」ソファーの端っこに座って小さくなっていると、紫藤さんはオレンジジュースを出してくれる。いただきますと言ってコップを持つが緊張して、手が震える。「美羽が嫌がることはしないから緊張しなくていいんだぞ」夕日が差し込んできて紫藤さんの横顔を照らす。素敵すぎていつまでも見つめていたい。リードしてくれる性格も好きだ。心の中では好きだと言えるのに、どうして口には出せないのだろう。きっと、カラオケにいた女性が気になっているからだ。「新鮮だね。美羽がここにいるなんて」「そうですね」「来月からはレコーディングで忙しくなるから、たまにしか会えないけどな。缶詰状態でレコーディングしたいプロデューサーでさ。参るよね」また会えなくなるのか。寂しい。「夜中にお仕掛けに行くわ。男連れ込むなよ」「ありえないですよ。私なんかと付き合ってくれる人いません。胸も小さいし……」「なんだそれ」話をしていると日が暮れて、一度つけた電気をまた消してから窓から外を覗くことになった。窓際に置かれたソファーに膝立ちをして、背もたれに体重をかけつつ並んだ。肩がぶつかるほど近い距離に、一人胸をトキメカせて空を見上げる。光が上がってドンっと音がするのと同時に、火の花が咲く。遠目だけどしっかり見えてとっても綺麗だ。「穴場スポットですね」「だろ?」至近距離で目が合ってしまい、思わずフリーズしてしまった。数秒間、空ではなく紫藤さんを見つめる。街の灯で薄っすらと表情が見えて、花火が上がると一瞬明るくなってハッキリ見えた。「どうしたの?」「い、いえ」紫藤さんの甘い声での問いかけに、膝から崩れそうになった。こんな経験したことがなくて、変な気分だ。顔がだんだんと近づいてきて、キスされた。くすぐったくて鼻から甘い声が出てしまう。そして私は力が抜けてソファーに正座してしまった。「熱いね、ほっぺ」頬を手のひらで包
ゆっくりと唇にキスが降ってくる。朦朧とする。必死でキスを受け止めた。「……抵抗、しないんだな」キスが止まって質問される。逃げようだなんて、まったく思わなかった。本当は好きって言ってもらいたい。今は紫藤さんともっとくっつきたいって思う。でも素直に言葉にできず何も答えられなかった。もう一度キスをされ今度は首筋にキスが落ちてきた。固まったまま、紫藤さんを見つめる。付き合っていない人とこんなことしていいの?すごくイケないことをしている気がする。プチン、プチンとボタンが外されていく。恥ずかしくて手で隠す。紫藤さんは顎のラインを撫でてきた。あまりにも優しいタッチだったからゾクッとしてしまう。「怖いのか?」「……わかりません」「どうする?」聞いてくるなんて、ずるい。紫藤さんと離れたくない。カラオケにいたあの女性のように色っぽくなりたい。切実に大人になりたい。不安を押し殺しながら私はうなずいた。「俺に委ねろ。余計なことは考えるな」すべて任せよう。どんな未来になっても後悔しない。そう思うと緊張がほぐれてきた。まるで固く結ばれた紐が緩んでいくような。紫藤さんの指は、素肌をなぞっていく。くすぐったくて思わずフフって笑うと「余裕あるじゃん」って言われて、胸の膨らみを優しく揉まれた。大きな手で触れられるのは、不思議な感触で何とも言えない。ボタンは途中まで取れていたけど、まだワンピースは着たまま。袖から腕を抜かれ手を脱がされ、下着だけになった。恥ずかしい。クーラーは効いていて涼しいけど、体は汗ばむ。じっと見つめられると、トク、トク、トクって心臓の動きが速くなって、さらに体温を上げていく。紫藤さんは自らのTシャツを脱ぐ。相変わらずスタイルがいいなと見惚れていると、覆いかぶさってきた。紫藤さんに頭を撫でられて、キスをされる。そのキスはだんだんと下がっていき、敏感な部分を刺激する。余裕がなくなってきた私は、呼吸が乱れるのだ。はじめての経験なのに、紫藤さんに触れられていると思ったらすごく幸せ。「俺にも触れて」わからないことだらけだったけど、必死だった。紫藤さんの幸せそうな顔を見ていると、胸がくすぐられるように幸せな笑みが溢れてしまう。あぁ、私――この人のことが大好きって思った。紫藤さんは、すごく優しかった。今までに
* * *土日に出張なので、月・火と代休をもらった。平日の休みは新鮮で普段は見ない昼の情報番組を見ていると、大くんがゲストとして出ていた。番組の宣伝のようだ。結局、夜までだらだらと過ごしてしまった。「そろそろ、準備しないとね」ひとり暮らしにしては、大きい押し入れを開けて中に入る。四日後に迫った撮影のため、旅行キャリーを出しているのだけど――……。「あれ、こんな、奥にしまったっけなぁ」旅行なんてほとんどしてないしねー。ちゃんと片付けておけばよかったわ。おいしょ。バサバサッ。「痛いっ」上から落ちてきた古い本。あぁ、懐かしい。その本をペラペラとめくっていると、メモが出てきた。『明日から二週間ほど海外ロケが入って、会いに来られないから。いい子にして待ってろよ』大くんの字だ……。はじめてキスをされた日に泊まった時のメモだった。メモの裏には私の字で『六月二十八日』って書いてある。人生はじめてのキスの日を忘れたくなかったのかもしれない。懐かしい。あの時は、好きだって思うだけで精一杯でそれ以上のことは望んでいなかった。ただ会えればいいって思うだけだったのだ。なのに、いつからだろう。大くんのすべてを知りたくなって、すべてが欲しくなった。恋に憧れて恋を知って恋の甘さに溺れて、恋の苦味を知った。人を好きになれば、嫉妬心が湧き上がってくることもあって、綺麗なままの心ではいられない時もあった。はじめて交わった日は、花火大会の日だった。痛みと、快感と、好きな気持ちが入り乱れて終った後は、なんだか気まずかった。裸になっている自分が恥ずかしくてたまらなかったけど、すぐに起き上がって着替える体力も残ってなくて。大くんは、私を濡れたタオルで綺麗に拭いてくれたんだっけ。そして、タオルケットで体を包んでくれてこう言ったの。「ベッドに連れて行く余裕なかった。ごめんな、はじめてがソファーって」気だるそうに笑っていたよね。あの頃、思いを伝えることができなくて不安だったけど、いつもそばにいることができて、幸せだったな。スマホが鳴って現実世界に引き戻される。電話の相手は真里奈だった。明日の夜、会社近くで会う約束をした。
「おはようございます」「おはよう。初瀬、これ、頼まれてくれる?」「はい。わかりました」「よろしく頼んだぞ」出社すると、すぐに仕事を頼んでくる杉野マネージャーは、今日もスーツを着こなしている。颯爽とした姿も素敵だ。デキる男って感じ。「なんか、杉野マネージャーって美羽のこと、お気に入りだよねー」千奈津がつぶやいた。何を言っているのだ。仕事だからでしょ。と、言い返そうと思ったのに先日の言葉を思い出して、言葉に詰まってしまった。――可愛いなって想った子しか連れてこない隠れ家的な場所なんだ。「ん? なんかあったの? 怪しい」千奈津は探偵のように目を細めてくる。まるで謎解きをしようとしているみたい。「そ、そんなことないよ」「でも、美羽も杉野マネージャーのこと、ちょっといいかもって思っているでしょ? 仕事もできるし男前。人気もあるし。それに、お似合いだよ」「えっ」大くんと離れ離れになってから、男性なんか目に入らなかった。でも、杉野マネージャーのことは、少しだけ男の人だと意識している。それはきっと、両親が私に結婚を勧めてくるからだろう。結婚するなら杉野マネージャーなら優しい父親になりそうだからだ。過去まもう忘れて新たな人生を歩んでもいいんじゃないかと母は言う。いつまでも独りで居る娘のことを心配して言ってくれているのだろうけれど、そんな簡単に運命の人には出会えない。『お見合いをしてみたらどう? 誰か素敵な人がいないか紹介してもらおうか?』母にそう言われたけれど私は曖昧に笑ってごまかした。はなのことを、大くんを胸の中にある状態で別の男性と結婚して家庭を築くなんて私にはやっぱりできないと思った。仕事が定時に終わり、退社準備をする。「デートか?」杉野マネージャーが話しかけてきた。「まさか。大学時代の友人と食事するんです」「そっか。あまり呑み過ぎるんじゃないぞ」優しい視線を注いでくれたから、素直に「はい」と返事をした。その様子を見ていた千奈津はクスッと笑っている。絶対に変な想像をしていそう。弁解したかったけど、時間が迫っているのでそのまま退社した。
真里奈が予約してくれていた場所に向かう。彼女はいつもおしゃれな場所を探してくれていて料理もすごく美味しい。今日の待ち合わせは駅から近くにあるイタリアンだった。そんなに仕切りが高くないので気軽な気持ちで食事をすることができそうだ。「お待たせ」店に入って名前を告げるとすでに真里奈が到着していた。二人掛けの丸いテーブルに向かい合って腰をかけ白ワインを注文した。久しぶりに二人でゆっくりと食事ができて嬉しい。料理が運ばれてきて食べてみるとやっぱり美味しかった。「真里奈の選ぶ店はいつもセンスがいいね」「どうもありがとう。リサーチに命かけてるから」にっこりと自慢げに笑うので私は面白くてついつい声を上げて笑った。話題は恋愛のことになり、杉野マネージャーの話を真里奈にする。「それ、オフィスラブじゃん。素敵な上司と会社で恋愛なんて漫画みたいで憧れなんだけど」そう言った真里奈はワインをゴクッと呑んだ。「美羽、もう二十八歳なのよ。もうすぐ二十九歳。過去のことは忘れて新たな人生を歩もうよ」「お母さんみたい、真里奈」「なにそれ」大胆で引っ張ってくれる真里奈の性格が大好きだ。真里奈といればどんどん真っ直ぐ進める気がする。「母からも同じようなこと言われたんだよね」「でも、マネージャーに付き合ってとか好きとか言われたわけじゃないし、やっぱり過去のことは簡単には忘れられない」真里奈は難しそうな表情をする。「まずはプライベートで会うことが大事なんじゃない?」「うーん。あまりそういう気分じゃないかな」「別にこのことは言わなくてもいいと思うし。永遠に秘密にしてもいいんじゃないかな」真里奈の言ってくれていることは心から理解できる。でも……もしも、新しい誰かを愛する日が来た時に、大くんと比べてしまうなんてことはしたくない。だから完全に自分の心の中から消すことができなければほかの誰かと恋愛なんて無理なのだ。「熱愛報道出てたよね」質問されて私はうなずいた。「芸能人のことだからどこまで本当でどこまでが作り話なのかわからないけれど……。もう十年前のことだし、紫藤大樹だって三十歳でしょ。結婚を考えている人がいるかもしれないよ」「そうかもね。そうだったら、それでいい。彼が笑顔で毎日過ごすことができているならそれでいいの」「それなら美羽も前に進んで行くべきなんじゃないの?」
「赤坂さんのことが好きでも……両親の言うことを聞かなきゃって思って」「ってかさ、なんで早く言わなかったんだ?」苛立った口調に怖気づきそうだった。「考えて悩んで……私もそう思ったから。それに、これ以上迷惑をかけちゃいけないって思ったの」「迷惑だと? ふざけんじゃねぇぞ」乱暴に私を抱きしめた。赤坂さんの胸に閉じ込められる。かなり早い心臓の音が聞こえてきた。「俺のこと信じろって」「赤坂さん。ごめんね」「バカ」涙があふれ出し、私は赤坂さんにしがみついた。赤坂さんはもっと強く私を抱き止めてくれる。「でも、好きな気持ちには勝てなかったの」「………」体を起こしてキスをされた。すごく優しいキスに胸が疼く。私のボブに手を差し込んで熱いキスに変わっていく。舌が絡み合い、濡れた音が耳に届いた。唇が離れると赤坂さんは今までに見たことない瞳をしている。「久実、愛してる」「……私も、赤坂さんのことが好き」「俺もだ」「今まで本当にごめんなさい」「大好きっ、赤坂さん、大好き」「うん。俺も」私も赤坂さんのために自分のできる限り尽くしたいと思った。守ってもらうだけじゃなくて、守ってあげたい。頭を撫でられて心地よくなってくる。「両親に認めてもらえるように……頑張るから」赤坂さんはつぶやいた。だけど、すごく力強い言葉に聞こえた。「近いうちに会いに行きたい」「うん………」「やっぱりさ、思いをちゃんと伝えて理解してもらうしかないから」「そうだね……」「俺はどんなことがあっても久実を離さないから。覚えてろよ」頼もしい赤坂さんに一生着いて行く。私は赤坂さんしか、いないから。きっと、大丈夫。絶対に幸せになれると思う。私は赤坂さんのことが愛しくてたまらなくて、自分から愛を込めてキスをした。エンド
そして、四日になった。前日から緊張していてあまり眠れなかった。化粧をして髪の毛をブローした。リビングにはお母さんがいて、テレビを見ていた。「友達と会ってくるね」「気をつけてね」「行ってきます」家を出ると、まだ午前の空気は冷たくて、身震いした。手に息を吹きかけて温める。電車に向かって歩く途中も緊張していた。ちゃんと、思いを伝えることができるといいな……。赤坂さんに恋していると気がついたのはいつだったんだろう。かなり長い間好きだから、好きでいることがスタンダードになっている。できることなら、これから一生……赤坂さんの隣にいたい。マンションに到着し、チャイムを押すとオートロックが開いた。深呼吸して中へ入った。エレベーターが速いスピードで上がっていく。ドアの前に立つといつも以上に激しく心臓が動いていた。チャイムを押すと、ドアが開いた。「おう」「お邪魔します」赤坂さんはパーカーにジーンズのラフな格好をしているが、今日も最高にかっこいい。私は水色のセーターとグレーの短めのスカート。ソファーに座ると温かい紅茶を出してくれて隣にどかっと座った。足はだいぶ楽になったらしくほぼ普通に過ごせているようだ。「久実が会いたいなんて珍しいな」「うん……。話したいことがあって」すぐに本題に入ると、空気が変わった。赤坂さんに緊張が走っている感じだ。「ふーん。なに」赤坂さんのほうに体ごと向いて目をじっと見つめる。何から言えばいいのか緊張していると、赤坂さんはくすっと笑う。「ったく、何?」緊張をほぐそうとしてくれるところも優しい。赤坂さんは人に気を使う人。「私……、赤坂さんのことが好きなんです」少し早口で伝えた。赤坂さんは顔を赤くしているが、表情を変えない。「うん……。で?」「好きなんですけど、交際するのを断りました。その理由を話に来たんです」「……そう。どんな理由?」しっかり伝えなきゃ。息を吸って赤坂さんを見つめた。「両親に反対されています」「え、なんで?」「赤坂さんは恩人ですから……。 だから、対等じゃない……から……」頭の後ろに片手を置いて困惑した顔をしている。眉間にしわを寄せて唇をぎゅっと閉じていた。
年末になり、赤坂さんは仕事に復帰した。テレビで見ることが多くなり、お母さんと一緒に見ていると気まずい時もあった。四日に会う約束をしている。メールは毎日続けているが会えなくて寂しい。ただ年末年始向けの仕事が多い時期だから、応援しようと思っている。私も年末年始は休暇があり、仕事納めまで頑張った。そして、両親と平凡なお正月を迎えていた。こうして普通の時を過ごせることが幸せだと、噛み締めている。今こうしてここにいるのも赤坂さんと両親のおかげだ。心から感謝していた。『あけましておめでとうございます。四日、会えるのを楽しみにしています』赤坂さんへメールを送った。『あけおめ。今年もよろしくな。俺も会えるの楽しみ』両親が反対していることを伝えたら赤坂さんはどう思うだろう。不安だけど、しっかりと伝えなきゃいけないと思った。
「……美羽さん。ありがとうございます」「ううん」「私も赤坂さんを大事にしたい。ちゃんと話……してみます」「わかった」天使のような笑顔を注いでくれた。私も、やっと微笑むことができた。「あ、連絡先交換しておこうか」「はい! ぜひ、お願いします」連絡先を交換し終えると、楽しい話題に変わっていく。「そうだ。結婚パーティーしようかと大くんと話していてね。久実ちゃんもぜひ来てね」「はい」そこに大樹さんと赤坂さんが戻ってきた。「楽しそうだね」大樹さんが優しい声で言う。美羽さんは微笑んだ。本当にお似合いだ。「そろそろ帰るぞ久実」「うん」もう夕方になってしまい帰ることになった。「また遊びに来てもいいですか?」「ぜひ」赤坂さんが少し早めに出て、数分後、私もマンションを出た。赤坂さんとゆっくり話すのは次の機会になってしまうが、仕方がない。本当は今すぐにでも、赤坂さんに気持ちを伝えたかった。二日連続で家に帰らないと心配されてしまうだろう。電話で言うのも嫌だからまた会える日まで我慢しようと思う。私は、そのまま電車に向かって歩き出した。
急に私は胸のあたりが熱くなるのを感じた。「占いがすべてじゃないし、大事なのは二人の思い合う気持ちだけど。純愛って素敵だね」私が赤坂さんを思ってきた気持ちはまさに純粋な愛でしかない。「一般人と芸能人ってさ……色んな壁があって大変だし……悩むよね。経験者としてわかるよ」「…………」「でも、好きなら……諦めないでほしいの」好きなんて一言も言ってないのに、心を見透かされている気がした。涙がポロッと落ちる。自分の気持ちを聞いてほしくてつい言葉があふれてきた。「赤坂さんに好きって言ってもらったんですけど、お断りしたんです」「どうして……?」「心臓移植手術が必要になって、多額な金額が必要だったんです。赤坂さんが費用を負担してくれて私は助かることが出来ました。両親が……」言葉に詰まってしまう。だけれども、言葉を続けた。「対等な関係じゃないからって……。お父さんが、財力が無くてごめんと言うので……」「ご両親に反対されてるのね」深くうなずいて涙を拭いた。「私を育ててくれた両親を悲しませることができないと思いました。それに、健康じゃないので赤坂さんに迷惑をかけてしまうので」うつむいた私の背中を擦ってくれる美羽さん。「そっか……。でも、赤坂さんは、誰よりも久実ちゃんの体のことは理解した上で好きって言ってくれたんじゃないかな」「…………」「赤坂さんに反対されていることは言ったの?」「いえ……」「久実ちゃんも、赤坂さんを大事に思うなら。赤坂さんに本当のことを言うほうがいいよ。赤坂さんはきっと傷ついていると思う。好きな人に付き合えないって言われて落ち込んでるんじゃないかな」ちょっときついことを言われたと思った。だけど、正しいからこころにすぅっと入ってくる。美羽さんは言葉を続ける。「久実ちゃんがね、手術するために日本にいない時に……。さっきも言ったけど、私、大くんと喧嘩しちゃって赤坂さんに相談に乗ってもらったことがあったの。その時から、久実ちゃんのことを聞かせてもらっていたの。赤坂さんは心底久実ちゃんを好きなんだと思うよ」必死で私をつかまえてくれる。赤坂さんの気持ちだろう。痛いほどわかるのだ。なのに勇気がない。私は、意気地なしだ。でも、このままじゃいけないと思った。勇気を出さなければ前に進めないと心が定まった。
楽しく会話をしながら食事していた。食べ終えると、大樹さんは赤坂さんを連れて奥の部屋に行ってしまう。美羽さんが紅茶とクッキーを出してくれた。二人並んでソファーに座る。部屋にはゆったりとした音楽が流れていた。自然と気持ちがリラックスする。しばらく、他愛のない話をしていた。「赤ちゃんがいるの」お腹に手を添えて微笑んでいる美羽さん。まるで天使のようだ。「安定期になるまでまだ秘密にしてね」「はい……。あの、体調大丈夫ですか?」「うん。妊婦生活を楽しんでるの。過去にできた赤ちゃんが帰ってきた気がする」美羽さんは、過去の話をいろいろと聞かせてくれた。辛いことを乗り越えた二人だからこそ、今があるのだと思う。気さくで優しくてふんわりとしていて本当にいい人だ。紫藤さんは美羽さんを心から愛する理由がわかる気がする。私は心をすっかり開いていた。「赤坂さんのこと……好きじゃないの?」「え?」突然の質問に動揺しつつ、マグカップに口をつけた。「いい人だよね、赤坂さん。きついことも言うけど正しいから説得力もあるし」「……」「実は 夫と喧嘩したことがあってその時に説得してくれたのも 赤坂さんだったの」「 そうだったんですね」「二人は……記念日とかないの?」「記念日なんて、付き合ったりはしていないので」「はじめてあった日とか……。何年も前だから覚えてないよね」ごめんと言いながらくすっと笑う美羽さん。初めて赤坂さんに会った日のこと――。子どもだったのに鮮明に記憶が残っている。まさか、あの時は恋をしてしまうとは思わなかった。こんなにも、胸が苦しくなるほどに赤坂さんを愛している。「ねえ、果物言葉って、知ってる?」「くだものことば? 聞いたことないです……」「誕生花や花言葉みたいなものなの。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったもので……。果物屋の仲間達が作ったんだって」「はぁ」美羽さんは突然何を言い出すのだろう。ぽかんとした表情を浮かべた。「あはは、ごめん。私フルーツメーカーで働いていたの。なにかあると果物言葉を見たりしてさ。基本は誕生日で見るんだろうけど……記念日とかで調べて見ると以外に面白いの」「そうなんですか……」「うん。大くんと付き合った日は十一月三日でね、誕生果は、りんご。相思相愛と書かれていて……。会わな
タクシーで向かうことになったが、堂々と二人で行くことが出来ないので別々に行く。大スターであることを忘れそうになるが、こういう時は痛感する。二人で堂々と出掛けられないのだ。……切ないな……。美羽さんは大樹さんと結婚するまでどうしていたのだろう。途中で手ぶらなのは申し訳ないと思いタクシーを降りた。デパートでお菓子を買うと、すぐに違うタクシーを拾って向かった。教えられた住所にあったのは、大きくて立派なマンションだった。おそるおそるチャイムを押す。『はい。あ、久実ちゃん。どーぞ』美羽さんの声が聞こえるとオートロックが開いた。どのエレベーターで行けばいいか、入口の地図を確認する。最上階に住んでいる大樹さん夫妻。さすがだなーと感心してしまう。エレベーターは上がっていくのがとても早かった。降りるとすぐにドアがあって、開けて待っていたのは美羽さんだった。「いらっしゃい」微笑まれると、つられて笑ってしまう。「突然、お邪魔してすみません。これ……つまらないものですが」「気を使わないで。さぁどうぞ」中に入ると広いリビングが目に入った。窓が大きくて太陽の日差しが注がれている。赤坂さんはソファーに座っていて、大樹さんは私に気がつくと近づいてきた。「ようこそ」「お邪魔します」「これ、頂いちゃったの」美羽さんが大樹さんに言う。「ありがとう。気を使わないでいいのに」美羽さんと同じことを言われた。さすが夫婦だなって思う。赤坂さんも近づいてきた。「遅いから心配しただろーが」「赤坂さん。ごめんなさい」「一言言えばいいのに」一人で不安だったから、赤坂さんに会えて安心する。「さぁランチにしましょう」テーブルにはご馳走が並んでいた。促されて座る。私と赤坂さんは隣に座った。「いただきます」「口に合うといいけど」まずはパスタを食べてみた。トマトソースがとっても美味しい。「美味しいです。美羽さん料理上手なんですね」「とんでもない。大くんと出会った頃はカレーライスすら作れなかったんだよ」「そう。困った子だったんだ」見つめ合って微笑む二人がとても羨ましい。いいなぁ。私も赤坂さんとこうやって過ごせたら幸せだろうなぁ。
「妹が置いていった服ならあるけど。サイズ合うかな」「勝手に借りていいのかな?」「心配なら聞いてやるか」スマホで電話をはじめる。「あ、舞? 久実に服貸していい?」『えー! 家にいるの? 泊まったってことは、えーなに? 付き合ってるとか~?』ボリュームが大きくて話している内容が聞こえてしまう。「付き合ってくれないけど、まぁ……お友達以上だよ。じゃあな」お友達以上だなんて、わざとらしい口調で言った赤坂さんは、得意げな顔をしている。「……じゃあ、お借りするね」黒のニットワンピース。着てみるとスカートが短めだった。ひざ上丈はあまり着たことがないから恥ずかしい……。着替えている様子をソファーに座って見ている。「見ないで」「部屋、狭いから仕方がないだろう」「芸能人でお金もあるんだから引っ越ししたらいいじゃない」「結婚する時……だな」その言葉にドキッとしたが、平然を装った。私と……ということじゃない。一般的なことを言っているのだ。メイクを済ませると赤坂さんは立ち上がって近づいてくる。見下ろされると顔が熱くなった。「可愛い。またやりたくなる……」両頬を押さえつけたと思ったら、キスをされる。吸いつかれるような激しさ。顔が離れる。赤坂さんの唇に色がうつってしまった。「久実……愛してる」……ついつい私もって言いそうになった。「せっかく 口紅塗ったのに汚れちゃったじゃないですか」 私はティッシュで彼の唇を拭った。 すると 私の手首をつかんで動きを止めてまた さらに深くキスをしてきた。「……ちょっ……んっ」「久実、好きって言えよ」「……時間だから行かなきゃ」
久実sideふんわりとした意識の中、目を覚ますとまだ朝方だった。今日は休みだからゆっくり眠っていたい。布団が気持ちよくてまどろんでいると、肌寒い気がした。裸のままで眠っている!そうだった……。また、赤坂さんに抱かれてしまったのだ。逃げればいいのに……逃げられなかった。私の中で赤坂さんを消そうと何度も思ったけど、そんなこと無理なのかもしれない。すやすや眠っている赤坂さんを見届けて、ベッドから抜けようとするとギュッとつかまれた。「どこ行くつもりだ」「帰る」「………もう少しだけ。いいだろ」あまりにも切ない声で言うから、抵抗できずに黙ってしまう。強引なことを言ったり、無理矢理色々したりするのに、どうして私は赤坂さんのことがこんなにも好きなのだろう……。もう少しだけ、赤坂さんの腕の中に黙って過ごすことにした。太陽がすっかり昇り切った頃、ふたたび目が覚めた。隣に赤坂さんはいない。どこに行ってしまったのだろう。自分のスマホを見るとお母さんから着信が入っていた。「……ああ、心配させちゃった……」メールを打つ。『友達と呑みに行くことになって、そのまま泊まっちゃった』メッセージを送っておいた。家に帰ったら何を言われるだろう……。恐ろしい。「おう、起きてたのか」赤坂さんはシャワーを浴びていたらしい。上半身裸でタオルを首にかけたスタイルでこちらに向かってきた。あれ……昨日は一人じゃ入れないって言ってたのに。なんだ、一人で入れるじゃない。強引というか、甘え上手というのか。私はついつい赤坂さんに流されてしまう。そんな赤坂さんのことが好きなのだけど、このままじゃいけないと反省した。「今日、休みだろ?」「……うん」「じゃあ、大樹の家行こう」「は?」唐突すぎる提案に驚いてしまう。「暇だったらおいでって連絡来たんだ。美羽ちゃんも久実に会いたがってるようだぞ」美羽さんの名前を出されたら断りづらくなる。優しい顔でおいでと言ってくれたからだ。「でも……服とかそのままだし……」「そこら辺で買ってくればいいだろ」「そんな無駄遣いだよ」まだベッドの上にいる私の隣に腰をかけた。そして自然と肩に手を回してくる。「ちょっと……近づかないで」「なんで?」答えに困ってうつむくと赤坂さんは立ち上がってタンスを開けた。